------プロローグ---------------------- (よし、もう少し。) この世界”幻想郷”と外の世界を仕切る結界、 博霊大結界の前でその人物はそう思っていた。 「あとは……」 (大丈夫。この能力なら……) そう思いつつ、結界を操作していく。 (よし……できた。) しかしその瞬間、凄まじい反発力が発生した。 「!?」 驚いた瞬間にその人物は吹き飛ばされていった。 ------1日目(前)------------------------ (あら?珍しいわね。) ある日、偶然神社に戻るついでに立ち寄った森の中で倒れて いる人を見つけて博霊霊夢は考えていた。 (外の世界の人間かしら?) そう思いつつ眺めていたが、すぐにある違和感に気づいた。 (それにしてはここの住人と服が似てるわね。) その人間は外の世界から来たとしてもあまりにもこの世界の 服に似た服を着ていた。 さらにもう一つ、 (それに今のこの世界の状況で……?) そう、博霊大結界の強度が何故か2週間ほど前から強くなっ ていたのだった。 当然これによって外の世界と幻想郷のつながりは弱くなり、 幻想郷でいう「外の世界の人間」が迷い込むことがかなり稀 になっていたのだった。 (でもどう考えても外の世界の人間みたいだし一応連れて帰 りましょうか。) そう思って霊夢はその人間を神社に運ぶことにした。 博霊神社に着き、さすがに人を一人運ぶのにかなり霊力を使 ったため霊夢は少し休むことにした。 (まあしばらくは起きないでしょうし。) 気がついたらどこかの神社のようだった。 畳の上に布団で寝かされている。 起き上がって周りを見渡すと右側に障子があった。 どうやら個室のようだ。 (???) どこだここは。なぜここにいる? 思い出そうとしても思い出せない。 (記憶喪失、って奴か。思い出せるのは……自分の名前だけ みたいだな。) そう思っていると、だれかの来る気配がした。 (誰だ?) すると障子が開いて巫女の格好をした女の子が入ってきた。 「ああ、目が覚めたのね。」 あっけにとられる俺の前でさらにこう続けた。 「私の名前は博霊霊夢。あなたは?」 「秘録鍵事。それ以外は思い出せない。」 すると、霊夢といったその子は少し困ったような顔をした。 「あら、記憶喪失?厄介ね。」 「ま、とりあえず布団片付けるわよ。」 「あ、ああ……」 俺が布団から出たら霊夢はテキパキと布団を片付けた。 「とりあえず、あなたに色々説明してほしかったんだけど……」 「何のことだ?」 「どうやらこっちが説明する必要がありそうね。」 そういって霊夢はため息をついた。 その後、霊夢から色々と聞かされたが、俺の記憶は戻らなかった。 しかし霊夢は別に困った様子もなく、 「まあその程度で戻るとも思っていなかったけど。」 と言った。 その後、この世界で暮らすことになった俺は 人間の町まで霊夢に案内してもらった。 案内する道中で、霊夢に説明されたことは 「この世界で暮らす以上仕事しないとならない」 ということだった。 そして一枚の地図が描かれているメモをもらったが、これは霊夢 が言うには「仕事を探すための場所の地図」とのことだった。 俺を人間の町まで送ると霊夢は 「大結界の原因を探る」 と言い残して戻って行った。 一人取り残された俺はとりあえず仕事を探すために メモを頼りに目的の建物までたどり着いた。 中に入るとカウンターにおっさんが一人いて話しかけてきた。 「やあ、珍しいな。」 俺が戸惑っていると、 「さて、こんなところに来るんだから目的は一つだろう?」 「どんなところがいい?」 といっていろいろと冊子などを持ち出してきた。 ------1日目(後)------------------------------------------------------------------------------ 数十分後、俺は霧が立ち込める湖の前で途方に暮れていた。 あのあとおっさんが出してきた資料のうち一番面白そうなものを選んでみたつもりだったが おっさんは変人を見るような目つきだった気がする。 ともかくこの湖をどうやって渡ろうか。 その時、霧でよく見えないが湖の方から何かの来る気配がした。 同時に何か寒気がしたためすぐに身構え、その“何か”が来るのを待っていると、 突如、霧の向こうからつららが飛んできた。 「つららぁ!?」 間一髪、横っ跳びに避ける。 その直後、湖の方から声が聞こえてきた。 「あたいのこうげきをよけるなんてやるじゃない!」 とっさに声のしたほうを見ると、霧の向こうから青い服を着た 少女が現れた。 「にんげんのくせにおもしろいわね。あたいとあそばない?」 何を言っているんだ?遊ぶ? その時、おっさんから聞いた(かもしれない)言葉が浮かんだ。 「いいか。道中で妖精に気をつけろ。もし出会ったら落ち着いて 話しかけ、問題の一つでも出して逃げるんだ。」 ただこのまま逃げると言っても目的地はこの先だしなぁ・・・ そうして考え込んでいると、目の前の妖精(?)がまた話しかけてきた。 「あそばない?」 その言葉で思い浮かんだ事があったので、提案してみることにした。 「うん、遊ぼうか。」 その言葉を聞いた妖精(?)は嬉しそうな表情をして、 「じゃあなにしてあそぶ?かえるこおらせる?」 少し物騒な単語が聞こえた気がするが、まず聞いておくべきことがある。 「ところで君の名前は?」 すると得意そうに答えた。 「あたいはチルノ。さいきょーの妖精よ!」 やっぱり妖精だったのか。 「じゃ、遊ぶ方法を説明するね。」 俺がチルノに説明した遊びは以下の通りだ。 まず俺が湖に落ちようとするからチルノの能力で俺が落ちないように氷を張る。 それを繰り返して湖を渡り切るまでに俺が一回でも湖に落ちたら俺の勝ち。 ちゃんと落とさずに湖を渡らせたらチルノの勝ち。 そんな感じの説明を終えて確認するとしっかり覚えていたようなので 実際にして見ることにした。 数分後、結果は当然チルノの勝ちである。 というか俺はもともと勝つ気はない。 普通に湖に向かって走り続けたら勝手にチルノが氷を張って終了だ。 ちなみに渡り終えた後チルノがもう一回やろうとうるさかったので 1+1ができたらやってやると言ってさっさと逃げた。 さて、紅魔館とやらはもうすぐかな? そして紅魔館入り口。 はいいのだが、門番が寝ている。 どうしたものだろうか。 あまりにも気持ちよさそうに寝ているため起こすのも何か迷惑になりそうだ。 まあ門番が寝てちゃいけないんだろうが。 かといってこのままでは入れない。 散々悩んだ末に俺がとった行動は とりあえず入らせてもらうというものだった。 ちなみにこの後、ひどく後悔することになるのだが。 紅魔館に入ってまず感じたのは異様な殺気だった。 「なんだ……?ここ……」 たしか話では吸血鬼の住む洋館で召使、だったよな。 そこまで考えたとき、 水色の髪をした少女が俺に突っ込んできていた。 「うわぁっ!」 反射的ににしゃがむ。 するとその少女はそのまま俺の頭上を過ぎ去って向こうの部屋に突っ込んでいった。 直後に凄まじい音が聞こえる。物置棚にでも突っ込んだようだ。 しかしすぐにその部屋から声が聞こえた。 「うー。咲夜!やっちゃいなさい!」 その声の後、 「分かりました、お嬢様。」 そんな声が聞こえたかと思うと、 一瞬で俺の周りから大量のナイフが飛んできた。 「ちょ、待って」 あわてて回避しようとするが、逃げ場がない。 そんな時、 「伏せてな。危ないぜ。」 誰だ今度は。とりあえず言われた通り伏せる。 すると今まで俺がいたあたりにレーザーが通った。 直後にナイフが落ちてくる。 「あら、今日は何の用ですか?」 咲夜と呼ばれた女性が乱入者に話しかける。どうやら知り合いのようだ。 「ああ、今日はまた本でも借りようと思って来たんだが 見るからにただの人間が襲われてたからな。」 そう受け答える乱入者。起き上がってみるとこっちも少女だった。 そしていつの間にか部屋に戻ってきていた最初の少女が言う。 「あら?咲夜、これじゃないわ。」 しれっと爆弾発言をされた。 「え?そうなんですかお嬢様。」 その言葉に驚いている咲夜と呼ばれた女性。 ってことは俺は勘違いで殺されかけたのか。 「じゃあお嬢様何を狙ってたんですか?」 その問いに何のためらいもなく答える少女。 「何って・・・ネズミよ?」 その言葉に女性が驚く。 「ネズミって……侵入者じゃないんですか?」 「ええ。そう。動物の方のよ。」 待てよ?じゃあ何故俺がこの少女に真っ先に攻撃された? そのことを尋ねると、 「だって私は咲夜がネズミを見つけたって言うから。」 「私は侵入者と思っておりましたので。 それよりもあなたは一体何の用ですか?」 当然だろうが敵意をもった眼で見られる。 「あ、無断で入ったのは謝ります。実はですね……」 そう言って俺は今までの経緯を話した。 「……あなたみたいな物好きもいる物ですね……」 咲夜と名乗った女性には半ば呆れられたが、 「ま、私は面白ければいいわ。」 レミリアと名乗った少女は特に気にしていないようだった。 「仕方ありませんね。お嬢様がよろしいのでしたら私も断る理由はありません。 あなたのメイド入りを認めましょう。」 一応認められたのでいいのだが、 「あの、俺男なんでメイドって呼び方はどうなんでしょうか?」 そう聞くと咲夜さんはやはり意表を突かれたようで、 「え?えっと……召使、かしらね?」 やっぱそうなるのか。 ともあれ、俺の紅魔館生活はこうしてスタートした。 ------2日目(前)------------------------------------------------------------------------------ 目が覚めると、すぐに時計を見た。 どうやら結構早く起きれたようで、6時半だった。 ベッドから降り、カーテンを開ける。 すぐに朝の陽射しが部屋の中に入ってくる。 今日はいい天気だ。 昨日教えられたことを思い出す。 確か、 ・休暇、給料は無し ・今後は紅魔館に住み込む ・お嬢様、メイド長(咲夜さん)の言うことには素直に従う ・部屋のドアを開閉するときはカーテンを閉める 当たりだったかな? そんなことを考えていると、ドアがノックされた。 「鍵事さん?」 咲夜さんだ。 「あ、はい。今開けます。」 すぐにカーテンを閉めてからドアに向かう。 ドアを開けると、予想通り咲夜さんとお嬢様が立っていた。 「あら、カーテンをきちんと閉めたみたいですね。」 咲夜さんが満足そうに言う。 「おはようございます、お嬢様、咲夜さん。」 そう挨拶をすると、 「そこそこ早起きね。いいことだわ。」 お嬢様からなかなか厳しい評価をもらってしまった。 続いて咲夜さんが今日の予定を言う。 「では、今日は紅魔館の中をざっと案内します。」 「はい。」 「じゃ、咲夜。後はお願いね。」 そう言ってお嬢様は廊下を歩いて行ってしまった。 「それじゃあ着いて来てください。」 そう言って咲夜さんは先に歩きだした。 ちなみに道中、咲夜さんのスピードが異様に速く、 あの人本当に人間かなと思いつつなんとか着いて行くことができた。 数分後。 息を切らせながらなんとか着いてきた俺だったが 咲夜さんが驚いたような口ぶりで一言。 「まさか本当に着いて来れるとは思いませんでした。」 つまりこの人最初から本気で俺を引き離しにかかったと見える。 「能力を最大限に使ったのですが……」 能力? 「あの、能力って……?」 「あら、知らなかったのですか?」 意外そうな顔で聞かれた。 もちろんこっちは何も聞かされていないし、記憶喪失の身だ。 そのことを話すと、 「でしたら覚えていてください。私の能力は時を止める程度の能力。」 なるほど。それでさっきはあんなに速かったのか。 多分最初に攻撃された時もこの能力を使われたのだろう。 「基本的にこの世界に存在する全ての妖怪、一部の人間が持っています。」 咲夜さんは後者という事か。 「私の想像ですが、あなたも持っていると思いますよ?」 俺も?ただ俺は外の人間と考えられているようだが。 「理由としては、能力を使った私に着いてきた、今の状況ですね。」 確かに何故か必死に追いかけたら着いて行けたけど…… 「まあ今は保留でいいでしょう。とりあえず目的地には着きましたから。」 そう言われて咲夜さんは横を向く。 つられて同じ方向を向くと、結構大きい扉があった。 「ここが紅魔館地下の大図書館です。」 そう言って扉を開ける咲夜さん。 軋むような音を立てて開いた扉の中を覗くと、大量の本棚が 扉からは想像できない大きさの部屋の中にきちんと整列されて置かれていた。 咲夜さんが中に入って行き、俺も後を追って中に入る。 しばらく歩くと、机に座って本を読んでいる少女がいた。 「パチュリー様。新しい使用人が入りました。」 パチュリーと呼ばれた少女はゆっくりとした動作でこちらを向く。 「鍵事さん、こちらがパチュリー様です。普段はこの大図書館に いられます。」 「よろしく。」 そしてまた本を読み始める。 「あ、新しい使用人さんですか?」 不意に後ろから声をかけられ、振り向くと本を何冊か持った 赤い髪の女性がいた。 「はい。秘録鍵事と言います。」 自己紹介をすると、その女性は笑顔を浮かべながら、 「この図書館で本の整理やパチュリー様の手伝いをしている 小悪魔です。これからよろしくお願いします。」 挨拶を返すと、咲夜さんに声を掛けられた。 「では、次の場所に案内しますからついて来てください。」 そう言ってまた歩き出した。 俺がまた本気で追いかけるはめになったのは言うまでもない。 ------2日目(後)------------------------------------------------------------------------------ 数分後。 玄関に着いた俺と咲夜さんだったが、咲夜さんが 「少し待っていてください。」 と言って出て行ったため待っていると外から悲鳴のような物が聞こえ、 続いて咲夜さんが入ってきた。 「お待たせしました。ではついて来てください。」 個人的にはさっきの悲鳴が気になるが、何も言わず咲夜さんの後について行った。 外に出てしばらく歩き、門の前まで行く。 「さて、もうご存じでしょうがここには門番が……」 寝ていた。 しかも頭にナイフが刺さったまま。 なるほど、さっきの悲鳴はこの門番のか。 一人納得していると、咲夜さんが無言で俺の横を通り過ぎ、 紅魔館に本日2度目となる悲鳴がこだました。 「まったく、今さっき言ったばかりでしょう。」 門番はすまなそうな顔で黙って叱られている。 「あの、咲夜さん」 助け船を出そうと思って声をかける。 「ああ、そうでした。新しい使用人です。」 ちょっと俺が期待した方向とは違ったが、まあいいだろう。 「秘録鍵事です。」 軽い自己紹介をする。 「紅魔館の門番をしている紅美鈴です。」 すこし名前が聞き取りづらかったが大体はわかった。 ほんみりん……かな? 「では大体こんな所です。あと一人居ますがあの方は どこにおられるか分かりませんので運が良ければ出会えると思います。」 まあ無理もないか。紅魔館は外観に比べて内部がやけに広いしな。 そう思った瞬間だった。 「あ、咲夜ー。その人だぁれ?」 いきなり上から声がした。 見上げると不思議な形の羽を生やした金髪の少女が こっちに降りてきていた。 「あ、フランドール様。新しい使用人です。」 すぐに咲夜さんが答える。 するとその少女は不思議そうに、 「へぇ。募集してたっけ?」 「レミリア様の気まぐれです。」 またもすぐに答える咲夜さん。 「お姉様の?」 「ええ。何か考えあってのことと思いますが。」 つまり普段ならメイドは足りているってことか。 「それはそうとさ、そこの新人さんの名前は?」 そこで俺に話が向く。 「秘録鍵事と言います。」 「ふーん。鍵事ね。これからよろしく。」 そう言って紅魔館の方に飛んで行った。 「あれがレミリア様の妹で、フランドール様です。」 ふと思い出した。 「もしかしてさっき言ってたのって……」 「はい。フランドール様のことです。」 ならこれで一通り終わった訳だ。 あとは職業仲間程度だろうが、全員妖精で 好き勝手やってるらしいので放っておこう。 「では私はこれで。今日はもう休んで結構です。」 理由を聞くと、すぐには馴染めないだろうから 最初はさっさと休め、ということだった。 「ではお言葉に甘えさせていただきます。」 「ええ。お休みなさい。明日は買い出しに出ますのでついて来てください。」 その要請は快諾して、俺は部屋に戻った。 その日の夜。 紅魔館の主とその従者は、いつものように廊下を散歩していた。 その途中、主が一言、 「咲夜、新人の様子は?」 「まあまあですね。」 すぐに従者が答える。 その返答に対し主が言う。 「まあまあ?私はあの新人に結構興味がわいているのだけれど。」 「と、いいますと?」 理由を聞く従者に対して、簡潔だが衝撃的な回答。 「理由は簡単。あいつに私の能力が効かない。ただそれだけ。」 流石に驚く従者。 「お嬢様の能力が……?」 「でも多分無意識ね。気づいていない……そんなところかしら。」 そんなことがあり得るのだろうか。 だが従者には心当たりがあった。 自分の能力を使って屋敷を移動しても着いて来たこと。 「しかし、どうしようもないのでは?」 主に問いかける。 「まあそうね。本人に自覚が無ければ何も意味を為さないから。」 結局2人が下した結論は従者が前下したものと同じ“保留”だった。 ------3日目(前)------------------------------------------------------------------------------ 朝起きて、時計を見る。 これはきっと日課になるなと思いつつ確認すると、5時半だった。 昨日より1時間早い。 たまにはこんな日もあるかと思い外を確認すると、門番の女性が何やら 拳法なのか体操なのかよくわからない動きをしていた。 名前は何て言ったっけな?たしか……ほんみりんだったっけ? うん、そんな感じだな。 続いて空を見ると今日は晴れの様だ。買い出しにはぴったりだろう。 口に出すと殺されそうだが。 すると、ドアがノックされた。 軽く返事をして、カーテンを閉める。 ドアを開けると咲夜さんが立っていた。 「おはようございます、鍵事さん。」 「おはようございます。咲夜さん。」 互いに挨拶をすると、咲夜さんが今日の予定を話し始めた。 「では、昨日言ったとおり今日は買い出しに着いて来てもらいます。 その後は紅魔館の使用人として一応の戦闘術を身につけてもらいます。 とりあえず今日の予定はこんな所です。何か質問はありますか?」 何だか途中物騒な単語が聞こえたのでそのことを質問すると、 「この紅魔館にもいろいろとありますから。」 とうまくいなされてしまった。 「他に質問がなければ出発しますがよろしいですか?」 一番聞きたかったことをスルーされたのでもうこれ以上の質問は 聞くだけ無駄だろう。 という訳で俺は咲夜さんと一緒に買い出しに行くことになった。 門を出る際に門番の女性を見ると、やはり寝ていた。 数分後、 俺たちは(むしろ俺は)湖で立ち往生していた。 「まさかあなたが飛べないとは思いませんでした。 一体来る時にどうやって渡ったんですか?」 とりあえず正直に答えておいた。 すると咲夜さんはあきれたような顔をして、 「よくあの妖精がうまくやった物ですね……」 しかしここにチルノの姿は無い。 「しかたありませんね……私の手に掴まって下さい。」 言われるままに手を掴む。 するといきなり体が浮いた。 「うわ」 「落ち着いてください。離せば落ちますよ!」 言われるままに大人しくしていると、どんどんスピードが上がりあっという間に湖を越えた。 「もうそろそろいいですね。」 そう言うと、スピードを緩めて地面に降りた。 「では、ここから歩いて行きましょう。」 心なしか赤くなっているように見えたが多分気のせいだろう。 ここからならあと数分で里に着くはずだ。 数分後。 里に着いた俺たちは手分けして買い物をすることにした。 「ではこのメモ通りに買って来てください。」 そう言って咲夜さんが渡したメモには 食料品や消耗品などが書かれていた。 消耗品に尋常じゃない数が見える気がするが。 「私はまた別に用事がありますので夕方位に龍の像で待ち合わせましょう。」 龍の像は初耳だったがまあ分かるだろう。 咲夜さんと別れ、俺も買い物をするために店を回ることにした。 まずは……消耗品か? と、なったら雑貨屋でも探さないとな…… 幸いなことに雑貨屋はすぐ見つかった。 「霧雨道具店」という名前の道具屋だが、似たような名前を どこかで聞いた気がする。 とりあえず中に入り、メモに書かれていた消耗品を探す。 にしてもナイフ50本って……そんなに売ってるのか? 多分食事用だろう。まさか咲夜さんが投げる物じゃないよな? まあ金なら咲夜さんから貰ってきたから足りると思うけど…… 万が一のことを考えてナイフは食事用と投てき用を25本づつ買った。 後は、モップ?100本?何に使うんだ。掃除か? まあメイドが100人いてもおかしくは感じないが…… そんなこんなで消耗品を買い終えた頃にはもう昼時だった。 とりあえず何か食べよう。腹が減った。 そう思って近くにあった茶屋へ入る。 なかなかに混んでいるようだが空席はあった。 席に着くと店員が来たので団子と茶を頼み、 しばらく団子が来るのを待っていると明らかに人とは違う格好をした 人が2人入ってきた。たぶん妖怪だろう。 その2人のうち猫のような姿をしたほうが、 「わわ、藍さま、いっぱいですよ?」 ともう一人、狐のような格好をしたほうに話しかける。 「そうだね橙。さて空席は……」 藍さまと呼ばれていた方が空席を探し、やがてこっちに来た。 「すまないが、相席いいかな?」 心なしか俺に視線が集まっているようだ。 「ええ、いいですよ。」 快く答え、荷物をどける。 「すまないね。」 軽く謝ってから俺の横に座る。 すぐに店員が来て注文を取り始めた。 「藍さま、お団子が食べたいです!」 橙とよばれたほうが言う。 「そうかそうか。それじゃあ団子とお茶を2つづつ。」 藍さまと呼ばれている方はそれを微笑みながら聞き、店員に注文している。 「ところで見ない顔だけど、名前を聞いてもいいかな?」 妙な事をいう。 だが断るのも変なので答えておく。 「秘録鍵事といいます。」 「ふむ。やはり聞かない名だ。見たところ人間のようだが、訳ありかな?」 なんなんだこの人は。 少しの会話だけで俺の状況を当ててしまった。 「すいませんがあなた達の名前は?」 「おお、これはすまなかったね。私の名前は八雲藍、式神さ。 この子は橙。この子も式神さ。」 八雲……?何か聞き覚えがあるような? 「それで、君はどういった状況なんだい?もしかしたら助けになれるかもしれない。」 言われて我に帰る。 「あ、すいません。実は……」 そう言って俺は今までの経緯を話した。 「ふむ、記憶喪失か……私の主に話してみるとしよう。」 どんな人か気になったので聞いてみると、 「この幻想郷に最も長くいるお方の一人さ。かなり有名だよ。」 なるほど。なら俺の記憶を戻す方法も分かるかも知れないな。 「わかりました。お願いします。」 「ああ。また近いうちに紫様が行くかもしれないね。」 団子も食べ終わり、俺が立ち上がると 「あ、そうだ。お代は私が払っておこう。」 いきなりそんなことを言い出したので驚いて藍さんを見る。 「え?いえ、金は持ってますよ?」 「いや、久しぶりに面白い事を聞かせてもらった礼だよ。 さ、行こうか橙。」 そう言って店員に3人分の金を払って出て行った。 まあいい人そうだしここはお言葉に甘えさせてもらおう。 さて、残るは食料品か。 ------3日目(後)------------------------------------------------------------------------------ 俺が食料品を買い終えてもまだ昼過ぎだった。 さて、あと残った時間はどうした物かな。 何をするでもなくふらふら歩いていると、 今さっきの藍さんとか橙とかと同じような感じの人がちらほら見える。 多分全員妖怪だろうと思い歩いていると、ふと違和感を感じた。 すぐに違和感のしたほうを見るが、特に異変はない。 すると、背後から声がした。 「私の能力が効かないなんて、あなたただの人間じゃないわね。」 反射的に振り向くと、兎の耳が頭にある女性がいた。 「しかも目で追ってきた……あなた何者なの?」 俺が言葉に詰まっていると、いつの間にか 周りにできていた人だまりから声が聞こえた。 「そこまでにしてもらいましょうか。」 その声が聞こえた瞬間、俺の横に咲夜さんがいた。 「あら、あなた紅魔館の。」 気にした様子もなくその女性は言う。 「咲夜さん、知り合いですか?」 すぐに尋ねるが、目の前の女性に阻まれる。 「それはこっちのセリフね。誰なのこの人間。」 すると咲夜さんはため息を一つつき、 「はぁ。とりあえず順番に答えていきましょうか。 まず鍵事さん、こちらは永遠亭という屋敷にいる鈴仙・優曇華院・イナバさんです。」 永遠亭?どこかで聞いたような気がする名前だ。 「見れば分かると思いますがこの方は月の兎です。」 もう何が出てきても驚く気がしない。 「それで、こちらは秘録鍵事さん。最近紅魔館の使用人になった人間です。」 「ほんとにただの人間?」 疑う目になる。 「ええ。まあ紅魔館の使用人に志願するくらいですから 少々気はおかしいのかも知れませんが。」 「当のメイド長が言ってどうするのよ。」 少々あきれ顔になる鈴仙さん。 しかし俺はさっきから疑問に思っていたことを聞いてみる。 「あの、咲夜さん。さっき鈴仙さんから言われたんですが、 “能力が効かない”ってどういうことなんでしょう?」 どうやら核心だったらしい。 「鍵事さん。今の話は本当ですか?」 珍しく少し慌てた口調になる咲夜さん。 「本当よ。私の能力が全く効かない。」 すぐに肯定する鈴仙さん。 「……鍵事さん。これはあなたの能力が深く関わっています。 何か心当たりはありませんか?」 そんな事を言われても、俺自身自分の能力なんて言われても分からない。 「しかし、今回のこともあわせて偶然とは考えられません。」 「ただ本人が自覚してないってのがね……」 何だか二人に尋問されてる気分になってきた。 「まあ、とりあえず日暮れですから今日はもう帰りましょう。」 そんな訳で、いろいろとあった買い出しは終わった。 そして霧の湖まで帰って来た俺達だったが、 咲夜さんが一言 「鍵事さん。あなたに能力があると言うことは あなたも飛べるはずです。」 そういう物なんだろうか。 「コツさえつかめば簡単に飛べますから、とりあえず飛ぼうと考えてみてください。」 言われるままに考えると、少しずつ体が宙に浮き始めた。 「飛んで……るのか?」 一方、咲夜さんは何か考え事をしているような顔だったが、 俺が浮いているのに気づくとすぐに元の顔に戻り、 「では後は普通に考えるだけで飛べるはずです。行きましょうか。」 そう言って先行した咲夜さんを追って湖を越えた。 その日の夜。 俺と咲夜さんは紅魔館のとある一室で一つの特訓をしていた。 咲夜さんが言うには、 「紅魔館に侵入した不審者を撃退するのも使用人の役目」とかで ナイフ投げの講習を(半ば無理やり)しているのだった。 ちなみに特訓している部屋は縦に広く、 ちょうど何かの射撃訓練なんかに使われそうな部屋だ。 ナイフの的は妖精メイドの頭の上に乗せたリンゴなのだが 3メートル程度離れた距離で咲夜さんがお手本にと投げたナイフは 見事妖精メイドの額に命中した。 これも咲夜さん曰く 「相手は侵入者なので確実に頭を狙うこと」らしい。 ただ実際に刺さるナイフはメイドなどを罰する時用らしいが。 妖精の方は額にナイフを刺したまま退場したので大丈夫なんだろう。 ただ俺は普通に死ねる気がするが。 とりあえずその後数時間ほど練習してこの日は寝た。 遡ること数時間前。 鍵事がナイフ投げの練習を始めたころ、幻想郷のどこかにある 八雲家での出来事。 そこでは式神が自分の主に報告をしていた。 「と言うことです、紫様。」 報告を受けた主は微笑んで、 「ふふ、面白いわね。一度出会ってみたいものだわ。」 その言葉を聞いた式神は、 「今は紅魔館に使用人として住み込んでいると言っていました。お会いに行かれますか?」 「ええ。明後日あたり行ってみることにしようかしら。じゃあ私は寝るわね。」 そう言って、欠伸をしながら立ち上がる。 「お休みなさいませ、紫様。」 「ええ、おやすみ、藍。」 短い挨拶を済ませ、八雲家の主は奥の部屋に入って行った。 ------4日目(前)------------------------------------------------------------------------------ もはや日課になりそうな作業を済ませる。 起きた時刻は昨日と同じだった。 そして何時もどおりのノックの音。 だいぶここの生活にも慣れてきたかな。 ドアを開けるとやはり咲夜さんだった。 「おはようございます、鍵事さん。」 「おはようございます。」 そして挨拶を済ませ、今日の予定を咲夜さんが話し始める。 「では今日は昨日から引き続き戦闘訓練をしてもらいます。」 「またナイフですか?」 しかし、首を振る咲夜さん。 「いえ、今日は図書館で魔法の勉強をしてもらいます。」 魔法の……勉強? 「詳しいことは図書館でパチュリー様から聞いて下さい。」 ああ、あの本を読んでいた少女か。 「では、私は別の用事があるので。」 そう言ってすぐに消えてしまった咲夜さん。 瞬間移動でも使えるのだろうか。 とりあえず……だ。 「図書館……どこだったっけ……」 確か地下にあった気がする。 とりあえず地下に行ってみるとしようか。 数分後。 記憶を頼りに進んでいくと、見覚えのある扉が見えてきた。 「ああ、あれか。」 少し小走りで近寄って、扉を開ける。 すると、前に見たのと少し違う光景が広がっていた。 よく見ると、本棚の配置が変わっている。 本の整理でもしたんだろうか。にしても相当な大きさだが。 そんな事を思っていると声を掛けられた。 「あ、鍵事さん。」 声のしたほうを見ると赤い髪をして蝙蝠のような羽が生えた女性が こっちに来ていた。 「一人なんて珍しいですね。今日はどういったご用事ですか?」 要件を聞かれたので俺はその女性……小悪魔さんに 今朝咲夜さんから聞いた事を話す。 「パチュリー様ですか?でしたらこの奥にいらっしゃいますよ。 ゆっくりして行って下さいね。」 そう言ってパタパタとかけて行った。 普通に可愛い人だと思うが、どうにも幸薄そうな人だな。 そんな事を考えながら奥へと進む。 多分図書館の一番奥だろう。パチュリー様は薄暗い所で本を読んでいた。 しかし俺に気づいて本を読むのをやめる。 「パチュリー様?明かりくらい付ければどうですか?」 そう言ってアドバイスをして見ると、 「ランプが切れてるの。私は喘息持ちだからあまり魔法は使えないし。」 そんな返答が返ってきた。 「それよりもあなた……鍵事さん、だっけ?咲夜から話は聞いてるわね?」 「ええ、大体は。」 そう言って返事を返すと、少し笑顔になって 「それじゃ一緒に魔法の勉強をしましょうか。 そこらへんの棚から適当に2,3冊本を取ってきて。」 言われるままに取ってくると、 パチュリー様は少し驚いたように 「あら、これは初めてだとちょうどいい本ね。」 と独り言のような事をつぶやいた。 「じゃあ簡単に説明していくわね。」 そうして俺はパチュリー様に魔法を習い始めた。 ------4日目(中)------------------------------------------------------------------------------ 数時間後。 一通り魔法を習った俺だったが、 あまりにも早く覚えるためパチュリー様は驚いていた。 「これはとんだ優等生ね。」 その時だった。 図書館全体が大きく揺れた。 その振動で本棚から何冊か本が落ち、 一冊がパチュリー様の頭に当たった。 その衝撃で椅子から落ちるパチュリー様。 「パチュリー様!大丈夫ですか?」 慌てて駆け寄る。 「むきゅー」 どうやら気絶しているようだ。 「鍵事さん、パチュリー様、大丈夫ですか?」 さっきの揺れで心配したのか小悪魔さんが来た。 「俺は大丈夫ですけどパチュリー様が……」 そう言って今の状況を簡単に説明する。 多分パチュリー様は大丈夫だとは思うが。 「とりあえず氷のう持ってきます。」 そう言ってパタパタと走って入口の方へ出て行く小悪魔さん。 そして扉のしまる音がした。 「流石に床の上じゃまずいよな……」 そう思い、机の上の魔導書などを机の下におろし、 パチュリー様を抱えて机の上に乗せる。 「よっと……ずいぶん軽いお方だな……」 そして小悪魔さんが来るのを待っていると、 扉の開く音がした。 「お……帰って来たかな?」 「誰がですか?」 いきなり横から声がして、俺が驚いて横を向くと 咲夜さんがそこにいた。 よく見ると所々服が破れている。 「咲夜さん!?どうしたんですか!?」 慌てる俺とは正反対に咲夜さんは落ち着いた態度で、 「侵入者です。今は門番が足止めしていますが、 すぐにここまで来るでしょう。」 その言葉を裏付けるようにまた図書館が揺れた。 「どうやら門番がやられたみたいです。 私が時間を稼ぎますから戦闘準備をしておいて下さい。」 そう言い残してその場から消える咲夜さん。 それと同時に小悪魔さんが戻ってきた。 「鍵事さん!氷のう持って来ましたよ!」 「それじゃあ小悪魔さんパチュリー様を頼みます。」 確かナイフは数本あったはず。 「どうかしたんですか?」 小悪魔さんが不思議そうな顔をして聞いてくる。 「咲夜さんから聞いたんですが、侵入者らしいです。」 いいつつ今さっきまで勉強していた魔導書を引っ張り出す。 「侵入者、って言うと……」 なにか心当たりがありそうだ。 「誰か知ってるんですか?」 「ええ。多分ですけど……」 俺の問いに頷く小悪魔さん。 「多分魔理沙ね……」 声のしたほうを見ると、パチュリー様が起き上がっていた。 「パチュリー様、大丈夫ですか?」 小悪魔さんと同時に言う。 「ええ。ありがとう2人とも。 さ、戦闘準備よ。」 そして全員で準備を始めた。 ------4日目(後)------------------------------------------------------------------------------ 準備を完了させ、全員で入り口に集まった時だった。 小さい物音が扉の向こうから聞こえた。 その瞬間、嫌な予感がして叫んでいた。 「伏せて下さい!」 その言葉と同時に扉が吹き飛んだ。 幸い全員伏せていたため被害は無かったが。 「来るわよ。」 立ち上がって扉のあった場所を見ると、そこには 前に見たあの魔法使いのような格好をした少女が立っていた。 「さ、本を借りに来たぜ。」 「扉壊しといてそれは無いでしょ、魔理沙。」 魔理沙ってあの少女のことだったのか。 一応恩人なんだがなぁ。 文句を特に気にした風もなく魔理沙は言う。 「ま、固いこと言うなよ。それよりも本貸してくれ。」 その言葉にパチュリー様も呆れたように、 「素直に貸すと思うの?」 「いつも最後は素直だけどな。」 その言葉にパチュリー様の顔が少し赤くなったが、 すぐに意を決したように言った。 「2人とも、防衛開始!」 「了解!」 すぐに返答して牽制にナイフを投げる。 「ナイフ!?」 弾き落として魔理沙が言った時には全員が本棚に隠れていた。 「防衛って言っといて隠れるとはな。」 そう言って魔理沙が動いた時、 「総員、魔法攻撃!」 パチュリーの号令と共に妖精メイド達が一斉に魔法を撃つ。 「甘いぜ!」 魔理沙が叫び、それと同時にかなり太いビームが発射された。 そのビームで次々と落ちていく妖精メイド達。 しかし、 「今だ!」 あらかじめ後ろに移動していた俺がナイフを投げる。 「うわっ!」 しかしナイフは魔理沙の腕を掠めただけだった。 すぐに本棚へ隠れ、持っていた魔導書を開く。 「まだ少ししか読み解いてないけどな……」 するとパチュリー様が近くにきて、 「時間を稼げればいいの。そうすればレミィが来てくれるはずだから。」 レミィとはおそらくお嬢様のことだろう。 その時だった。 「こそこそ隠れて相談か?戦闘中なのに暢気だな。」 魔理沙が痺れを切らしたのか本棚の横から突進してきた。 とっさに初級魔法である炎弾を放つ。 しかし、魔理沙は急ブレーキをかけ、 「甘いって言ってるだろ!」 大量に星型の弾を撃ってきた。 当然俺の撃った炎弾はかき消され、 そのまま星型の弾は俺の方に向かってくる。 反射的にバリアーを張るが、耐えられるわけがない。 すぐにバリアーは砕け、俺の腕を弾が掠った。 その時だった。 何故か判らないがこの弾幕の避け方が頭に浮かんだ。 「ええい、一か八かだ!」 頭に浮かんだ通りに体を動かす。 何発か掠っていくがダメージにはなっていない。 やがてこの弾幕の“穴”が分かってきた。 「そこだ!」 そしてその“穴”に炎弾を放つ。 「何!?」 炎弾は魔理沙の箒に当たり、 バランスを崩した魔理沙はフラフラと下降していく。 「大丈夫?鍵事君。」 見るとパチュリー様がこっちに来ていた。 「ええ、俺は大丈夫です。それよりあっちは?」 あっち、とは魔理沙のことだ。 「大丈夫よ。むしろ少しくらい飛べなくなった方がいいわ。」 何だか冷たい返答だ。 「それよりもあなた、弾幕勝負は初めてなのに魔理沙に勝つって……」 そんなにすごい人物なのか。 「とりあえず下に降りましょうか。魔理沙にも話を聞いてみましょう。」 そうして下へ降りて行った。 「本当に何者なんだよお前は。」 俺達が下へ降りると開口一番にそんな事を言われた。 「何者って言われましてもただの新人使用人としか……」 そう言うと魔理沙はさらに驚いて、 「新人だって!?私の腕も落ちたのか?」 すると、パチュリー様が 「多分違うから気にすることないわよ。」 「そんなこと言ったってな、ナイフは使うし魔法も使える。おまけに私の弾幕 は全て避ける。しかも新人。これで落ち込むなってのが無理な話だぜ。」 まあもっともだと思う。 「大丈夫かしらパチェ?ってあらもう終わってたの。」 今さらながらお嬢様が来た。 「そうなのよレミィ。しかも終わらせたのが鍵事君。」 パチュリー様の口調が変わった気がするがまあいいだろう。 「へぇ。それは面白いわね。」 お嬢様は何か思いついたようだ。 「ところで、この人どうするんですか?」 と魔理沙を指さしながら言う。 「お前な、人を物みたいに」 遮ってパチュリー様が言う。 「とりあえずしばらくは飛べないでしょうからお引き取り願いましょう。」 「そうね。」 お嬢様も肯定して、咲夜さんを呼ぶ。 「咲夜、この客人を入口までご案内して差し上げなさい。」 するといきなりお嬢様の横に咲夜さんが現れた。 「了解しました、お嬢様。」 そう言って魔理沙の首のあたりを掴んで引きずっていく。 「おい、こら。私は案内なんか無くても帰れるぜ。 って言うかさっきから人を物扱いするなって」 最後まで言い切らないうちに扉の向こうに消えていった。 俺はそれを見ていたが、お嬢様に声を掛けられた。 「さて、鍵事?今日は御苦労だったわね。」 すぐに向き直り、返事をする。 「ありがとうございます。」 「そうね、今日はもう寝てもいいわ。 初めての弾幕勝負で疲れたでしょう。」 そう言われたので、お言葉に甘えることにした。 ------5日目(前)------------------------------------------------------------------------------ 今日は早く起きることができたが、咲夜さんが来ないため 少し庭周りを散歩して見ることにした。 何だか今日は少し曇っている。 雨でも降るかなと思いつつ歩いていると、門の近くまで来てしまった。 「散歩ですか?」 見ると、門番の女性がこっちに歩いて来ていた。 まずい。名前をよく覚えていない。 問題:目の前の女性の名前は? @中国 A紅美鈴(くれないみすず) B紅美鈴(ほんみりん) @は多分殺されそうだ。 となると残っているのはAかBだが…… 「あの、どうかしましたか?」 どうやら顔に出ていたようだ。 「いえ、大丈夫ですよ。」 ごまかすために当たり障りのない返答を返す。 しかし悟られてしまったようで、 「そうですか。ところで私の名前、覚えてますか?」 これはヤバい予感がする。 かといって時間をかけるとそれはそれで殺されそうだ。 そうこう悩んでいるうちに顔は笑顔だが何だか後ろに 何かの波動が見えてきた。 仕方ない。ここはB番だ。 「ええ。たしか紅美鈴(ほんみりん)さんでしたよね?」 しかし名前はわずかにぼかした。 「なんか微妙にニュアンスが違う気がしますが、 中国とか言われなかっただけましですね。」 やっぱり@は言わなくて正解だったようだ。 「念のために言っておきますが、私の名前は 紅美鈴(ほんめいりん)です。中国とか言ったら許しませんよ?」 本気でうなずいた。 「それはそうと今日はなんだか雨が降りそうですね。」 そういうと美鈴さんはため息をつきながら、 「これが仕事ですからね。雨でも雪でもとりあえず 立ってなきゃいけないんですよ。」 また今度雨具でもプレゼントするとしよう。 「じゃ、俺はこれで。」 そう言って俺は紅魔館に戻って行った。 しかし戻らなかった方が良かったかもしれない。 そのころ紅魔館ではおそらく幻想郷最恐の姉妹喧嘩が起こっていた。 きっかけは些細なことで、レミリアのケーキをフランドールが食べた、 というものだったが喧嘩の内容は完全に弾幕勝負だった。 俺が外から戻ると、内部はまさに戦場のようだった。 飾られていた壺は割れ、絵は落ちている。 しかも壁や床はあちこちに傷ができ、何かで抉られたような跡もあった。 「もしやまた侵入者か?」 でも今さっきまで美鈴さんと一緒に門にいたのに? よく見ると咲夜さんが倒れている。 すぐに駆けより、抱き起して呼びかける。 「咲夜さん!大丈夫ですか?」 すると少しだけ目を開けて、 「鍵事さん……逃げて……下さい……」 そう言い残すとまた気絶した。 「咲夜さん?」 その瞬間だった。 恐ろしい殺気を感じて、とっさに 咲夜さんを抱えたまま横に跳ぶ。 すると今さっきまで俺がいた場所に壺が当たって砕け散った。 壺に続いてフラン様とお嬢様が飛んでくる。 2人とも服がボロボロだ。 「鍵事!どきなさい!」 どっちともつかず言う。 当然俺は素直にその場から逃げだした。 何が起こっているのか分からないので とりあえず図書館に行こう。 そう思い咲夜さんを背負って図書館へ向かった。 ------5日目(中)------------------------------------------------------------------------------ 図書館に着いた俺を出迎えたのはトラップだった。 扉をくぐると同時にさまざまな方向から魔法が飛んできた。 「うわっ!!」 食らうわけにはいかない。 すると、またしても頭の中に弾幕の避け方が浮かんできた。 当然その通りに体を動かす。 そうしていると、弾幕の外から声が聞こえた。 「待って、鍵事君よ。止めて。」 その声と同時に弾幕が消える。 「パチュリー様、何があったんですか?」 咲夜さんを降ろしながら俺は尋ねる。 すると、パチュリー様から返ってきたのは簡単な言葉だった。 「レミィとフランが喧嘩を始めてしまったの。 そして咲夜が止めようとしたんだけど巻き込まれて……」 とりあえず侵入者では無いようだ。 そこまで聞いた時だった。 図書館が昨日よりも一回り大きく揺れた。 「今のは!?」 パチュリー様も驚いた様子で、 「決着が着いたにしては規模が違いすぎるわね。」 何だか胸騒ぎがしてきた。 「ちょっと俺見てきます!」 「あ、鍵事君!?」 玄関ホールまでの廊下を走り抜けている時だった。 「私も向かいます。」 横を見ると咲夜さんが一緒に走っていた。 「咲夜さん!?大丈夫なんですか?」 「ええ。心配無用です。」 多分無理矢理でもついてくる気だろう。それに、 「了解です。メイド長の命令には逆らえませんからね。」 その言葉に少し笑みを浮かべる咲夜さん。 「分かってきたようですね。さて、もうすぐホールですよ。」 俺達がホールに着くと、そこには一人の女性がいた。 室内だというのに日傘を差して、何かの上に腰かけている。 「あなたは……!何の用でしょうか?」 咲夜さんは誰なのか知っているようだ。 「あら、つれないわね。せっかく人が来てあげてるのに。」 そこにいるのが当然というような様子でその女性は言った。 「咲夜さん、誰ですか?」 「八雲 紫……この幻想郷にいる最古の妖怪の一人です。」 その名前を聞いて思い出した。 「たしか藍さんの言っていた……」 「あら、じゃああなたが秘録鍵事君?」 その会話に戸惑う咲夜さん。 「鍵事さん、あなた知っていたのですか?」 その問いには紫さんが答える。 「正確にいえば、私と彼は今日初めて会ったの。 名前と特徴ならどちらも2日前くらいから知ってたけど。」 その言葉を俺はさらに補足する。 「実はあの買い出しの時に藍っていう人と会いまして、 俺はその時に名前だけ聞いてました。」 咲夜さんは何とか納得したようだ。 「それはそうと、質問に答えていただきたいのですが。」 しかし紫さんは飄々と、 「あら、質問って何かしら?」 「ここにきた用と、お嬢様やフラン様はどこにいるのかという事です。」 そう言えばすっかり忘れていた。 「ふふふ。用事ならもう分かってるんじゃないの? あなたではなくて、そっちの彼が。」 「そうなんですか?鍵事さん。」 確かに大体の予想はつく。 「俺の記憶でしょうか?」 そう言うと、紫さんはどこから取り出したのか 扇子で口元を覆って、 「分かってるじゃないの。その通りよ。それから もう一つ、あのお嬢ちゃんたちならこの中よ。」 そう言って扇子で腰かけている物体を指す。 「まだその中ですか?」 口調は穏やかだが、咲夜さんが怒っているのが分かる。 「さあ?もしかしたら幻想郷のどこかに出てしまったかも知れないわ。」 ちょっと待てよ。だとしたらまずい事になる。 「咲夜さん、今日は天候が悪いです!急いで2人を見つけないと……」 「分かっています。ですが目の前のこの人を何とかしないといけません。」 その言葉に紫さんが苦笑しながら言う。 「何とか、って私は別に敵意は無いわよ? ただ向こうが向かってきたから自衛しただけ。」 「じゃあどうすれば2人を戻してくれますか?」 少々焦りながら俺は聞いた。 「そうね。あなた……鍵事君、だっけ? ちょっと今日1日私につきあって頂戴。」 「はい?それだけでいいんですか?」 あまりにも拍子抜けだ。 「だから私に敵意は無いって言ってるでしょう。」 「でしたら良いでしょう。」 その言葉に咲夜さんが静止をかける。 「ちょっと、鍵事さん!」 「咲夜さん、今大事なのは2人です。それに俺に 危害を加えるつもりは無いと思うんです。」 それだけ言って、紫さんに向き直る。 「本当に2人を解放してくれるんでしょうね?」 「安心しなさい。さ、この中に。」 そう言って腰かけていた物体から降り、その物体を指す。 「では、咲夜さん。罰則があるなら帰ってから受けますから。」 そう言ってゲートのようなその物体に飛び込む。 「大丈夫。ちゃんと明日には帰すわ。それじゃあ。 あの2人ならもう少ししたら戻ってくると思うわよ。」 そう言って紫も飛び込み、あとには咲夜だけが残った。 溜息を一つつき、心配そうにつぶやく。 「さて、罰を考えなければなりませんね……」 数十分前。 紅魔館においてレミリアとフランドールが隙間に飲み込まれ、 幻想郷のどこかに落ちた直後。 「さて、フラン。ここはどこかしら。」 「さあ?私に分かる訳無いじゃない。」 紅い姉妹はそんな会話をしながら周りの状況を確認していく。 「森の中みたいね、お姉様。」 ちょっと周りを見ると森の中のようだった。 「でも魔法の森ではないみたいよ、フラン。」 レミリアの言う通り、足もとを見ても茸は生えていない。 それに周りの木からも魔力を感じられない。 つまり、紅魔館の近くでは無いということである。 「まあ幻想郷に森なんてそうそうないわ。だから大体の場所は分かるわね。」 「ところでお姉様、あっちが明るいわ。」 フランの言う通り、明るい場所がちょっと歩いた所にあった。 「待ちなさいフラン。もし晴れてたら私たちは一瞬でお陀仏よ。」 しかし見上げたところ、木の葉の間から見える物は雲だけだった。 「でもお姉様、ここでじっとしていても何にもならないよ?」 「仕方ないわね。私が少し様子を見てくるわ。 あなたは近くまでならいいけど出ちゃダメよ。」 そう言ってレミリアとフランは明るい場所に向かって歩き出した。 そして近くまで来ると、 「じゃあフラン、ここで少し待ってなさい。見えないところまではいかないから。」 「はい、お姉様。」 そしてレミリアは森の外に出た。 どうやら外は曇りのようだ。 しかし今にも雨が降りそうだった。 「微妙な所ね。」 森に残るか、家を探すか。 結局レミリアは後者を選択した。 ------5日目(後)------------------------------------------------------------------------------ そして2人で数分ほど歩くと、 「あら。あれは博霊神社じゃないの。」 目の前に見えてきたのは幻想郷の最果て、博霊神社だった。 「霊夢。居るかしら?」 神社の裏に回り、巫女の名前を呼ぶ。 「あら、レミリアに……フラン!?珍しいわね。どうしたの。」 「事情は後で話すから、ちょっと入れてもらえないかしら? このままだと雨が降りそうで厄介なの。」 「いいわよ。その代わり今度みんなでお賽銭入れに来てよね。」 そして縁側から中に入る姉妹。 「りゃりゃ?これはまた珍しい客が来たね。」 中に上がると奥から鬼っ子が顔を出した。 「あら、あなたも居たの。」 お茶を持ってきた霊夢が説明する。 「最近居候してるのよ。はい、お茶。紅茶じゃないけど我慢してね。」 そう言ってレミリアとフランドールの前にお茶を置く。 「れいむ〜。もうお酒は無いのか?」 鬼っ子、萃香が霊夢にねだる。 「お酒ならその瓢箪があるでしょ?」 「たまには別のも飲みたくなるんだよね〜。」 そんな事を言っている。 「まったく……今あんたが飲んだので全部よ?」 「あら、お酒ならここにあるわよ?」 そう言ってだれかの手が出てきた。 その手からお酒を受け取って礼を言う萃香。 「お、ありがとう紫。って紫!?」 いつの間にやらそこには紫と鍵事が出てきていた。 霊夢も驚いたように、 「紫がいるのはまあいいとして、なんであんたがいるの?」 と鍵事に質問している。 「いえ、まあ成り行き上。」 そこで萃香が気づいたのか 「おろ?君は初めて見るね?名前は何て言うの?」 「あ、秘録鍵事っていいます。」 「そうか〜。私は伊吹萃香って言うんだ。よろしく〜。」 そんな初対面の2人を見ながら、霊夢が紫に質問する。 「ところで紫、何の用なの?」 「あら、そうだったわ。そこの2人を紅魔館に戻してあげるために来たのよ。」 しかし霊夢には話が読めていないようだった。 そこに鍵事が来て、 「あ、紫さん。霊夢さんには俺が説明するんでお嬢様とフラン様を。」 「あら、いいの?じゃ頼むわね。」 そして姉妹の元へ行く紫さん。 「ねぇ、お嬢様ってあなたもしかして……」 「ええ。今紅魔館の使用人やってます。」 そのことを言うと霊夢は呆れたように、 「なんでよりによって幻想郷の中での危険度 トップクラスの場所に働きに行くのかしら?」 「いえ、なかなかに楽しいですよ?」 ますます霊夢は呆れたようだった。 俺が霊夢に一通り話終えたころ。 「鍵事君、こっちも終わったわよ。」 「了解です。」 まだ霊夢はぶつぶつ言っていたが。 すると、いきなり横から 「ねえねえ、鍵事はさ、お酒とか飲めるかい?」 と萃香が聞いてきた。 「お酒?まだ飲んだことは無いですけど……」 そう言ったら萃香は面白がって、 「よし、それじゃあ今度宴会しよう!」 「ええ、いいですけど……場所はどうするんですか?」 そう聞くと萃香は当然といった風に 「ここでいいだろう?」 しかし霊夢が立ち直ったのか 「ちょっと萃香、お金はどうするの?」 と聞いて来た。 「そんなもの、皆から萃めればいいだけの話さ〜。」 その言葉に霊夢も納得したようだった。 いいのかそれで。 「さて、1段落ついたかしら?」 紫さんが退屈そうに待っている。 「あ、はい。お待たせしました。」 「じゃあ私の家に行きましょうか。」 その言葉を聞いた瞬間、この場の空気が凍りついた。 まず口を開いたのが霊夢と萃香で、2人揃って 「ちょっと紫、どういう事?」 紫さんは苦笑しながら、 「どういう事って、他意は無いわよ?」 まあ俺の方は1日付き合えって言われてるから普通のことだと思ったんだが。 「鍵事君、それじゃ行くわよ?」 「あ、はい。」 そう言って2人で隙間に消えていった。 後には萃香と霊夢の2人だけが残っている。 「どうする?霊夢。」 「とりあえずあいつの冥福を祈りましょう。」 「冗談になってないと思うんだけど……」 所変わって、八雲家。 ここでは現在、2人の式神が夕飯の支度をしていた。 「さ、橙。今日は何を作ろうか。」 「焼き魚が食べたいです。」 「そうか。じゃあ焼き魚にしような。」 ちなみに昨日もおとといも焼き魚である。 そんなやり取りをしていると、誰かが地面に降りた気配がした。 「おっと、紫様のお帰りかな?」 そう思って藍が出て行くと、 紫の他にもう一人、以前人間の里でみた人間が立っていた。 「ただいま、藍。客人を連れてきたわ。」 「どうも、お久しぶりです。」 紫さんの家には前に里で出会った2人の式神がいた。 2人ともなぜ俺がここにいるのか理解できないようだったが、 紫さんが「客人」としてくれたため納得しているようだった。 「では料理を一人分増やす必要がありますね。」 そう言って藍さんは買い出しに出て行った。 と言っても隙間(道中そう聞いた)を使ってだが。 「さて、鍵事君。晩御飯はまだだから、橙とでも遊んでいて頂戴。」 「え?俺の記憶とかは……?」 すると紫さんは少し笑って、 「それは晩御飯の後よ。お腹がすいてちゃ何もできないでしょ?」 まあその通りか。 「橙なら猫じゃらしで簡単に遊んであげられるから、お願いね。」 そう言って猫じゃらしを渡してきた。 やるしかないんだろうな…… 数分後。 「只今戻りました。ってあら、鍵事さん?」 買い出しから戻ってきた藍だったが、 玄関で鍵事がボロボロになっているのを見つけた。 よく見ると手には猫じゃらしのような物を持っている。 「あらあら。橙と遊んでくれてたんですか。ありがとうございます。」 すると、かすかに返事が返ってきた。 「いえいえ、頼まれましたから……」 「ではこれから晩御飯の準備をしますので、ゆっくりお休みになって下さい。」 そう言ったらうつぶせの状態で器用に頷き、居間の方に這って行った。 死ぬかと思った。 紫さんに「簡単」と言われてた割に橙は猫じゃらしじゃなくて 俺に向かってきた。 当然全力で避けつづけた結果、現在の状況である。 ちなみに途中から見ていた紫さん曰く、「人間とは思えない」と 言う事だった。なら最初からさせないで欲しい。 そうして居間に着いた俺はそのまま寝てしまったようだ。 「鍵事さん、起きて下さい。」 目を開けると、藍さんが笑顔で伝えてくる。 「晩御飯ができました。」 起き上がってみると、焼き魚があった。 「どうぞゆっくり召し上がってください。」 「あ、はい。いただきます。」 そのまま焼き魚を食べる。 「それを食べ終わったら来るように紫様が言ってましたよ。」 多分記憶を戻してくれるのだろう。 「分かりました。」 数十分後、焼き魚を食べ終わった俺は紫さんの部屋にいた。 「さて、じゃあこれからあなたの記憶を戻すわよ。」 いきなり言われて驚いた。 「え?戻せるんですか?」 「ええ。ただし、記憶が戻った後はまた少し付き合ってもらうわよ。」 その言い方に嫌な予感がした。 「じゃあまず結論から言うわ。貴方は外の世界の人間じゃないの。」 一瞬、言葉を失った。 「え……?」 そんな俺の言葉にも構わず紫さんは続ける。 「貴方はこの世界の人間。それも神として崇められている現人神。」 「ちょっと待って下さい。ならなんで誰も俺の事を知らなかったんです?」 そんな大層なものなら誰か知っていてもおかしくないはずだ。 「幸か不幸か、ね。貴方は普段から天界にいてまず下界には降りて来なかった。 まあそれが当然なんだけど。ともかくそれが誰も知らなかった理由よ。」 待てよ。ならばおかしいことがある。 「ならなんで俺はここにいるんですか?」 下界に降りて来なかったのなら俺がここにいる訳がない。 「それを今言おうとした所じゃないの。」 紫さんが少々憤慨した様子で言う。 「あ……すいません。」 「まあいいわ。貴方、今博霊大結界がどうなっているか知ってたわよね?」 博霊大結界?たしか博霊神社の結界だよな。 「確か……かなり強くなっている、とか。」 そう言うと、紫さんは頷き、そしてまた聞いて来た。 「そう。じゃあその原因は?」 「原因……ですか。」 そこまで聞いた時、不意に頭痛が走った。 「つっ……」 「どうしたの?まさかとは思うけど……」 どうやらその予測は正解のようだ。 「そうか……俺が原因だったのか……」 「思い出したようね。じゃ行きましょうか。」 行く?どこへだろう? 俺が首をひねっていると、紫さんにどやされた。 「ほら!自分の責任は自分でとる!博霊大結界へ行くわよ!」 そう言われ、半ば強制的に俺は隙間へと吸い込まれた。 ------6日目(前)------------------------------------------------------------------------------ 「さ、朝までに戻すわよ。そう複雑な仕掛けを施してる訳じゃないんでしょ?」 現在、深夜12時を少し回った所だった。 俺は紫さんと一緒に博霊神社の上を飛んでいる。 「ええ、そうですけど……」 「だったら私の能力で朝を遅らせてあげるわ。その間に直しなさい。」 声音は穏やかだがどうやらかなり怒っているようだった。 「さ、見えてきたわよ。どんな仕掛けを付けてるの?」 「簡単なパズルゲームですよ。」 最も失敗したらすぐに叩き落とされるだろうが。 「じゃあもう既に夜と朝の境界をいじってあるから、後は任せたわよ。」 そう言い残し、隙間へと入る紫さん。 「ふぅ。まさか自分で解除することになるとはな……」 結界に施した仕掛けは3つだったはずだ。 「さて、一つ目。」 目の前には黒い色をした球が浮かんでいた。 そしてその球から弾幕が放たれる。 いつか紅魔館大図書館で見たあの星の弾幕。 もっとも、量は桁違いだが。 「とはいえ、今の俺に避けれない弾幕じゃないがな!」 “能力”を思い出した俺なら掠ることなく終わらせて見せる。 ありとあらゆる物体、現象に適応する程度の能力。 適応するのにかかる時間はまちまちだが、数十分もあれば どんなものにも適応できる。 そして弾幕に関してならば、適応すると同時に使えるようにもなる。 「そこだ!」 ナイフを手の中に具現化させ、投げる。 ナイフは球に命中し、球は砕け散った。 「よし、あと2つ!」 次の仕掛けで近い方は上か。 そう思い、上に飛び上がると赤い球があった。 俺が視認すると同時にその球は弾幕を張ってきた。 「次は霊夢か!」 お札と針で構成された結界のような弾幕。 だが、当然適応してかわし続ける。 しかし、 「穴が出来ない……?」 いつまでかわし続けても弾幕に穴ができない。 「なら穴を作ってやるよ!」 そう叫び、今さっきの弾幕……メテオニックシャワーを放つ。 1つ当たりの攻撃力は同じようなものだが、数で勝っている。 やがて弾がかき消され、穴ができる。 そしてできた穴から入った星が球にあたり、球が砕け散った。 「よし、最後だ!」 そして右に飛び始める。 しかし飛び始めた瞬間、眼前にナイフがあった。 「な……っ!?」 かろうじて避けたが、もう少しで当る所だった。 「3つ目は一筋縄じゃいかないように作ったんだっけな……」 そうひとりごちている間に目の前に青い球が現れ、ナイフの弾幕を放ってきた。 すぐに適応するが、やけに弾速が速い。 そのため、狙っているとこっちが返り討ちに会いそうだ。 「ただ、1発あたりの攻撃力は低いはず!」 避けつつお札を設置して、壁を作る。 そして、一旦お札に隠れ、作戦を考える。 「仕方ない。少し本気を出すとしよう。」 あまり出しすぎると後に響くからやりたくないのだが。 咲夜さんの“時止め”程ではないが それに匹敵するスピードなら出せる。 とりあえずスピードだけでいいだろう。 そして、俺が飛び出すと同時にお札が破れた。 「50%くらいで十分だろう。」 そう呟き、スピードを上げる。 球を中心に回り、、その間に大量のナイフを投げる。 そして、3週ほどしてからブレーキをかける。 「Checkmate!」 投げていたナイフが一斉に球に刺さる。 そして、最後の球も砕け散った。 「よし、終わったな。」 「ごくろうさま。」 見ると、隙間から紫さんが出てきた。 紫さんは笑いながら、 「後は私がやっておくから、紅魔館に帰りなさい。 あのメイド長さんにひどい罰を受けるわよ。」 「ああ、そう言えば罰のことすっかり忘れてましたね。」 そう言って紫さんの開いた隙間へと入っていく。 少し入りかけてから振り返り、 「紫さん、とりあえず記憶、ありがとうございました。」 「気にすることないわよ。幻想郷のためでもあるし。」 そう言っていたが、もう一度頭を下げて隙間へと入って行った。 ------6日目(後)------------------------------------------------------------------------------ 紅魔館に着く頃には朝日が昇っていた。 紫さんが戻したのだろう。 そう思いながら紅魔館に向かっていくと、 美鈴さんが体操のような物をしているのが見えた。 やがて気がついたのか、こっちに向かって走ってくる。 「鍵事さん!帰って来たんですね。」 「ええ。ここが俺の職場兼家ですから。」 そう答えると、うれしそうにして 「じゃあ早く咲夜さんに会いに行ってあげて下さい。 結構さびしそうにしてましたから。」 「ですね。では。」 そう言って美鈴さんと別れる。 そして玄関を開けて入ったら、 いきなりお嬢様とフラン様が飛びかかって来た。 避ける間もなく激突する。 「1日とはいえ無断欠勤は許さないわよ、鍵事。」 「も〜。どこ行ってたの!お姉様や咲夜と一緒に心配してたんだからね!」 まったく正反対の事を言っている気がする。 「鍵事さん。」 すると咲夜さんが俺の前に立っていた。 「あ、咲夜さん。只今戻りました。」 「ええ。お帰りなさい。」 まだ上着に2人をひっつけたまま立ち上がる。 「それで、記憶は戻ったんですか?」 「ええ。一応は。」 そこまで言ったとき、何か体が軽くなったと思ったら 2人がいなくなっていた。 「あれ?どこいったんだろう?」 そう言って2人を探すが、見つからない。 「さて、とりあえずですね。 鍵事さん、罰を言います。」 忘れてた。 「以降お嬢様の許しが出るまでこの紅魔館で働くこと。以上です。」 「それだけですか?」 すると咲夜さんがこっちを睨んでいった。 「増やしましょうか?」 「いえ、結構です。」 そう言うと、咲夜さんは笑顔になった。 ま、当分天界に帰る気はないし、ちょうど良かったかもしれない。 その時だった。 「け〜んじ〜。」 後ろの扉が開き、萃香がそこに立っていた。 「あら、また珍しい方が。中国は何をしていたのでしょうか。」 「寝てたよ〜。それよりもさ、はいこれ。」 そう言って萃香が咲夜さんに差し出したのは一枚の紙だった。 「宴会……ですか?」 「そ〜そ〜。前鍵事に会った時に約束したからね〜。」 そう言えばそんな事を言っていた。 「えっと、咲夜さんちょっと見せて下さい。 日程は……明日!?」 「こういうものは言ったらすぐに実行しないとさ〜。」 萃香は相変わらずマイペースだ。 「まあいいでしょう。ではまた明日に。」 「おっけ〜。それじゃあね〜。」 そう言うと萃香は霧になって飛んで行った。 「では鍵事さん、買い出しに行きましょうか。」 「え?買い出しって何でですか?」 また消耗品だろうか。 「いえ、宴会をするなら何か持っていく必要があると思いますから。」 ああ、それでか。 「いいですよ。行きましょうか。」 ついでに中……じゃなかった、美鈴さんに雨具でも買ってきてあげよう。 レインコートでいいかな? 前に行った時よりも里には早く行けた。 以前と同様に咲夜さんと俺とで分担して買い物をすることになり、 俺はおつまみとかを担当になった。 さて、実は俺はポケットマネーを少しだけ持っている。 収入源はともかくとしてもだ、これを使って雨具を買うぐらいなんてことないだろう。 そしてまた以前と同じように咲夜さんと合流し、紅魔館に帰った。 その後が大変だった。 とりあえず戻って来たはいいが、雨具は俺の部屋である。 そして紅魔館の窓は開かない仕様になっている。 つまり、深夜しかないわけだ。 10時ごろ、雨具を持って部屋から出て、すぐに玄関まで向かう。 そして玄関に到着したら音をたてないように扉を開け、外に出る。 そして門まで向かう。 幸いなことに美鈴さんは起きていた。 「あら、鍵事さん。こんな夜中に珍しいですね。」 「ええ。ちょっと渡したい物がありまして。」 それを聞いた美鈴さんは少し驚いた様子で、 「何ですか?」 と聞いて来た。 「ええ、前に天気がどんな日でも立ってなきゃいけないって 言ってたじゃないですか。」 「ええ。仕事ですし。」 「だから、ちょっと今日買い出しに行った時に雨具を買って来たんですよ。」 そこまで言うと、さらに驚いたようで、 「それを、私に?」 「ええ。」 そう言ってレインコートを渡す。 「ありがとうございます。」 「喜んでもらえたようで。それでは。」 そう言って部屋に戻る。 その日はそのまま寝た。 ------エピローグ------------------------------------------------------------------------------ 今日は博霊神社で宴会があるんだっけ。 何時からとは指定されてなかった気がするな。 咲夜さんに話して先に行っておこうか…… 「鍵事さんが先に?」 話してみたところ、すこし不満そうだった。 「ええ。ついでに荷物も持っていっておこうかと思ったんですが……だめですか?」 「いえ、構いませんが……何故先に?」 どうやら何故先に行くのか分からないらしい。 「いえ、初めてなんで。ちょっとどんな感じか確かめておきたかったんですが。」 「でしたら、おつまみだけ先に持って行って下さい。でないとお酒は全部 飲まれてしまいますから。」 なるほど。 数分後。 昨日買ったおつまみを持ち、咲夜さんに見送られて紅魔館を出た。 目指すは博霊神社だな。 場所なら一応頭に入っているから大丈夫だろう。 里の上を飛んでいると、横から声を掛けられた。 「よう。久しぶりだな。」 見ると、魔理沙が箒で飛んでいた。 「直ったんですか。」 「おかげさまでな。」 魔理沙はそう言っているが、おそらく新品だろう。 本当は箒なしでも飛べるんじゃないだろうか。 「それはそうと、お前も宴会か?」 そんな事を聞いてくるという事は、目的は同じだろう。 「ええ。ところで、何人くらい集まるんですか?」 「さあな。もしかしたら幻想郷中から来るかも知れないぜ。」 どうやらあちこち回っているようだ。 「ま、幻想郷の宴会という物をしっかり見てくれよ、“天人”様。」 「え?」 何故その事を? 「紫があちこち触れ回ってたぜ。多分ゆっくり酒を飲むどころじゃないかもな。」 余計な事をしてくれる。 そんなたわいもない話をしていると、もう神社が見えてきた。 宴会は魔理沙が言ったとおり、のんびり酒を飲むどころじゃなかった。 まず咲夜さんと一緒に食事の準備や片づけに走り回ってたし、 それが1段落ついたらまるで人気者のように囲まれた。 とりあえずこの状態から逃げようと思い、 片付けという理由で神社の裏へと走る。 神社の裏には、咲夜さんが一人で次の料理を出す準備をしていた。 「咲夜さん、手伝いましょうか?」 そう声をかけると驚いたようにこっちを見て、 「鍵事さん?いつからそこに?」 珍しい事にこちらには気づいていなかったようだ。 「今来たところです。」 すると、真顔に戻って、 「そうですか。ですが今回の主役にいつまでも 準備や片づけなんかさせる訳にはいきません。」 といった。 「咲夜さん、まさか……」 「ええ。鍵事さんが出て行ったすぐ後に紫様が来られました。」 本当に余計な事をしてくれる。 「あの人は全く……」 片手で目のあたりを押さえてそう呟く。 「ですから、鍵事さんは準備は気にせず戻ってください。」 その言葉に食い下がろうとした時、 「鍵事〜。どこに行ったんだ〜?」 表の方から萃香の声が聞こえてきた。 「さ。あなたをお探しの方もいらっしゃいますから、 表に戻ってください。」 その言葉に戻らざるを得なくなり、俺は表に戻ることにした。 しかし、戻り際に呟く。 「咲夜さん。紫さんがどう伝えたか知りませんが、 今の俺はただの使用人です。俺の帰る場所はあそこだけですよ。」 そして咲夜さんの返事を聞く前に戻って行った。 その後の事はよく覚えていない。 確かいつの間にか飲み比べをしていて、気がついたら 紅魔館の俺の部屋だった。 起き上がるとなんだか足がふらつく。 おそらく飲みすぎたせいだろう。 自分の体調に関する事には俺の能力は何も発揮してくれない。 だから病気にかかったり怪我をした時には自分で治すしかない。 もっとも、病気はまずあり得ないが。 「全く。こういう事には不便な能力だ。」 ま、一日ほど大人しくしてれば治るだろう。 外を見ると真っ暗だった。 時計は夜中の1時を指している。 「とりあえず部屋から出るか……」 水が飲みたい。 そう思ってドアに近づいて行くと、ノックが聞こえた。 「鍵事さん。起きましたか?」 ドアを開けると咲夜さんが立っていた。 「咲夜さん、こんな時間にどうしたんですか?」 「鍵事さんに水をお持ちしました。」 そう言って、トレーからグラスを差し出してくる。 「ええ。ちょうど水が欲しいと思ってましたけど……何でわかったんですか?」 「当然です。酔いつぶれた鍵事さんを運んだの誰だと思っているんですか?」 なるほど。多分俺は飲み比べで酔いつぶれて寝てしまったんだろう。 「それにしてもよく俺が運べましたね。」 いくら紅魔館のメイド長とはいっても咲夜さんは女性だ。 「それは萃香様が手伝ってくれましたので。」 咲夜さんの話によると、萃香の能力で俺を軽くしてもらったとか。 「ところで鍵事さん、天界に帰る気は無いんですか?」 いきなり聞かれたので危うく吹き出しそうになった。 「すいません。少し気になりましたので。」 「いえ、いいですよ。俺はまだ天界に帰る気はありません。」 そう言うと咲夜さんが心配そうな顔つきになった。 「あの、罰則は気にしなくていいんですよ?」 罰則?ああ、この先ずっと紅魔館の使用人って奴か。 「いえ、罰則は関係ないです。」 そう答えたら疑うような顔になって、 「でしたら、何故ですか?別にこちらにいる義務は無い筈ですが。」 全く、この人は少し真面目すぎる気がしないでもない。 まあ今に始まったことじゃないか。 そう思っていると目の前の人は少し怒ったような表情で、 「鍵事さん、聞いてるんですか?」 「あ、すいません。理由でしたっけ?」 とぼけてみたら咲夜さんは呆れたような表情になった。 何か言われる前に理由を話す。 「俺がここに居たいから、じゃ駄目ですか?」 罰則だとか、義務だとかじゃなくて。 何より、ここは毎日楽しいから。 そこまで話すと、やっと咲夜さんも納得してくれたようだ。 「では鍵事さん、これからもよろしくお願いしますね。」 「こちらこそ。」 その瞬間、景色が横にブレた。 お嬢様の体当たりだと分かったのは床に頭を打ち付けた時だった。 頭上からお嬢様の声が聞こえる。 「鍵事、何故避けないの。あなたの能力ならなんてことない筈でしょう?」 「俺の能力は不意打ちには対応出来ないんです……」 そう言って立ち上がる。っていうかどこから突っ込んで来たんだこの人は。 「あら、以外にタフなのね。本気で突っ込んだのに。」 「避けて欲しければ次から一言お願いします。」 そして今は体調が悪い。 「それはそうと、何かご用ですか?」 「あ、そうだわ。あなた、今日から副メイド長ね。」 さらりと重大発表をする目の前の主。 「はい?」 問い返すと意地の悪そうな笑みを浮かべ、 「覚悟しなさい。明日からは仕事が一気に増えるわよ。」 そう言い残して去って行った。 あの人の気まぐれにも困ったもんだ。 「では、鍵事さん。今日はもうお休みください。」 そう言い残して、咲夜さんも去って行った。 ま、言われたとおりにするか。 お嬢様の言葉からすると、明日から忙しくなるらしいからな。 ま、退屈せずには済むだろう。 そう思い、俺はベッドに入って目を閉じた。 完